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上海支局ブログ

パリのセーヌ川左岸は、フランスの芸術文化を体現する場所と言われます。
上海にもこれに似た、芸術の地があります。莫干山路50号にある「M50創意園(以下M50)」は「上海のセーヌ川左岸」と呼ばれ、現在はスタジオや芸術センター、画廊が集まっています。蘇州河沿いに前世紀からの工業建築として工場や倉庫が並び、過去と現代を結ぶ新旧の文化や芸術を生き生きと結合しています。
 
上海地下鉄の3号線に乗って中潭路の駅で降り、蘇州河を通り過ぎて15分ぐらい歩くと、M50に着きます。途中には芸術的な落書きがあふれています。





これがM50の様子です。「上海紡織」という看板が見え、新旧の結合が感じられます。上海紡織博物館もあります。130年の歴史がある元上海申新紡織第九工場の跡地です。見学すれば、上海の紡織業の発展の過程を学べます。
 
1998年、台湾のデザイナーが最初にこの地の倉庫に入居しました。2002年、多くの芸術家たちの作品をおさめる著名な東廊、香格納などの画廊もM50に移転しました。今では、中国など10カ国から100人ほどの芸術家が集まっています。








油絵、水彩画、水墨画、書道、写真などの作品の展示会がよく開催されています。今年5~6月には韓国の有名な芸術家・李在孝氏の個展が開かれ、空間配置、彫刻芸術品、撮影作品の3部門がありました。
私が入ってみた画廊には、このようなパンチのある作品が並んでいました。ちょうど油絵を買っているお客さんもいました。この大きな靴、欲しくないですか?素晴らしい作品だと思います。
 
またある写真館では6歳ぐらいのお客さんの撮影が行われていました。私と友人も、好きな場所を選んでは写真をいっぱい撮りました。ちなみに、すごく人気のあったテレビドラマ「何以笙簫黙」もこのM50で撮影されたものです。もし興味があったら、是非このドラマも見てください。
 
芸術といえば、芸術家や美術大学の学生、業界の関係者らしか鑑賞できないものだと思っていました。でも、ここなら、芸術の知識をそれほど持ってなくても、気軽に見学できると分かります。自分の目で作品を見て、自分で考える。画廊の店主さんたちも、売ることより作品を鑑賞するかどうかが気になっているみたいです。作品を買わせるプレッシャーもなく、ゆっくりとひとつずつ見られます。
 
もし疲れたら、喫茶店や食堂もあります。気になるところに入って、飲み物を頼んでゆっくり休憩。ある店には芸術に関する本がいっぱいありました。本を読んで、視点を変えて、芸術鑑賞を続けました。(楊)
 
 

2015.03.31

全人代なう。

 日本では、既得権を持つ集団に外から割って入るのは一般的に非常に難しいですね。それは記者も同じです。例えば国家に対する取材活動。これは実質的に国内大手メディアが運営する「記者クラブ」が仕切っています。

 一方で中国に記者クラブは存在せず、オープンな環境が用意されています。専門紙である当社を含む海外メディアすらも、この国では、現地メディアとある程度同じ枠組みの中で取材できます(もちろん政府の管理下においてですが)。

 毎年3月初めの10日間にわたり、北京市で開催される中国の国会、全国人民代表大会(全人代)に行ってきました。年1回の一大イベントには各地の直轄市・省・自治区・特別行政区、全土津々浦々から新聞やテレビ、通信社や雑誌などの記者が集結します。国土が広いですから、地方紙、地方局の数はケタ違いです。







 ずらりと並ぶテレビカメラ。あちらこちらでリポート合戦する各局のキャスター。スチールカメラマンは押し合いへしあい。用意された記者席は開始2時間前に埋まり、立ち見は肩が触れ合うほど。記者会見場は人いきれであふれます。





 そんな取材現場もまた、開放された“自由”な環境です。

 日本ではお目にかかれないのが記者によるスマホ撮影です。おもむろに懐から取り出し、会見場をパチリパチリ。壇上の政府幹部に加え、なぜか記者席もパチリパチリ。仕事にも使っていますが、なんと、その場でSNSの「微信(中国版LINEともいわれるチャットアプリ)」の「モーメンツ」という個人の写真投稿欄にアップロードする人も。「全人代なう」といったところでしょうか。

 挙げ句、最も驚いたのは、ある会見での質疑応答の最中、最前列で壇上をバックにした“自撮り”。中国メディアは圧倒的に若い記者が多いですが、それにしても……。恐らく20代だろうイケメン記者のスマホに向けたドヤ顔が印象的でした。

 集団意識が強く習慣を重んじる日本人と、個人至上主義で自由を好む中国人。記者の仕事にも文化は表れるのかもしれませんね。(蓮見)
 
  最近、眠れない日々が続いています。

 上海支局の膨大な業務量のおかげで、常に仕事に向き合う真人間の私はアドレナリンが止まらず、寝付けず……。というのは冗談(半分ホント?)ですが、そうです、中国でも深夜に放映されるサッカーW杯を連日見ているからです。

 この国でもW杯は人気があります。若者に聞くと球技と言えば卓球やバドミントン、ビリヤードなどが身近なようですが、中国にもプロサッカーリーグがあり、青年を中心にサッカー熱もなかなか。今回、中国代表はW杯に出場していませんが、CCTV(中国中央電視台)がスポーツチャンネルなどで試合を放映しています。

 そんな4年に1度のお祭りに乗っかって購買意欲をあおるのは、日本と同じ。うちの5歳の息子は上海のファミリーマート(中国語で「全家」)のドラえもんのシール集めに夢中です。W杯期間のキャンペーンで購入額に応じて配られ、16枚貯まるとドラえもんがサッカーをしているオリジナルフィギュアがもらえます。


            


 なので、私がビールを買うのは最近もっぱらファミマ(ここ以外だと息子に怒られます)。先日もファミマで物色していると、現地のビール「哈爾濱(ハルビン)ビール」がW杯特別缶を出していました。しかも2本買って追加料金を払えば、ブラジルW杯オリジナルグラスがもらえるとのこと!


               


 追加料金は20元(約330円)。ちょっと高い。しかしこれはブラジル大会の時に上海にいたという記念になる。ぜひほしい! 勇んで2本持ってレジに並びました。

 しかし……店員のおばちゃんは「没有(ないよ)」とそっけない一言。キャンペーンはその前日に始まったにもかかわらずです。

 中国では、メニューやカタログなどに載っていても、置いていないというケースがままあります。あきらめず、いつ入荷するのか聞いてみると「(20元を払ってまで)ほしいという人がいないと思って置いていない。入荷予定もないから他の店に行け」と物珍しげな目線。

 おばちゃんは、W杯というものが何たるか、よく分かっていないようです。

 本ブログを書いている時点でW杯は準々決勝に突入しました(ブラジル×チリ戦は手に汗握りました!)。ますます目が離せません。この興奮をおばちゃんにも伝えたいところですが……無理でしょうかね、笑。(蓮見)
 
 「上海の紡績工場がなかったらトヨタ自動車は誕生しなかったかもしれない」。

 “世界のトヨタ”のグループ原点とされるトヨタ紡織。戦前、同社は中国上海に工場を持っていたのです。グループ初の海外拠点として。ご存知でしたか?

 グループ創業者の豊田佐吉氏が1921年に設立した「豊田紡織廠」です。「在華紡」と呼ばれる当時の日系紡績工場の1つで、現在工場はありませんが、跡地に記念館が建っています。当時の資材を再利用して事務所棟と食堂棟を復元し、レンガ造りの趣深い館内に実際に使用された織機の現物が展示されています。



 運営しているのは地元政府、ではなく………なんと、トヨタグループです。ガイドブックには一切載っておりません!(少々自慢です、笑)。

 そこで聞いたのが、冒頭の一節です。あまりにもリスクの大きい新規事業に社内でも反対の声が上がる中、トヨタは、上海で得た望外の利益を、社運を懸けて自動車生産に投入しました。そして今があるそうです。

 このような意義ある取り組みをなぜ外にピーアールしないのでしょう。

 この国で、非営利目的で外資企業が博物館――、だからいろいろと面倒があるのでは? それだけではありません。

 当時は日中戦争の発端となった上海事変を目前にした時代でした。“日貨排斥”も起こる中で、在華紡は日本による搾取の象徴でもありました。いまも嫌日の視線を浴びることもあるそうです。国家的な政争に利用されては歴史保存の意義が崩れます。現在の日中関係がすぐに思い浮かび、考えさせられました。

「否が応でも、格別の親善関係を持たねばならない」。

 豊田佐吉氏はそんな言葉を残したそうです。億単位の維持費を投じてまで運営しているトヨタグループの想いに、頭が下がりました。

故(ふる)きを温(たず)ねて、新しきを知る――。大事なことですね。

 長い歴史の上に成り立っている現在の日中関係。当社の専門分野にも政治的な理由からさまざまな問題が次から次に出てきます。この国の過去を知る重要性をしっかり認識し、勉強をしなければいけない。そう感じた1日でした。(蓮見)
 

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